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福岡地方裁判所 昭和36年(ワ)387号 判決

原告 横山茂樹

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和三六年六月五日)より完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人は「本件訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

原告訴訟代理人の陳述した請求原因及び被告の抗弁に対する主張、被告指定代理人の陳述した本案前の抗弁は、別紙「請求の原因」「被告の本案前の抗弁」「被告の抗弁に対する原告の主張」に記載のとおりである。なお原告訴訟代理人は本件過料の裁判に対し原告は福岡高等裁判所に抗告したが、抗告棄却の決定がなされ、これに対し更に最高裁判所に特別抗告したが、該抗告も棄却され、第一審の決定が確定したことは認めると述べた。

理由

原告主張の刑事被告事件の審理に関連して、熊本地方裁判所刑事第一部裁判長裁判官安東勝、裁判官松本敏男、裁判官鍋山健が昭和三六年四月一五日右事件の弁護人であつた原告に対し、法廷等の秩序維持に関する法律に基き、過料三万円に処する旨の制裁決定をしたこと、該決定に対し原告から福岡高等裁判所に抗告をしたが、抗告棄却の決定がなされ、原告は更に最高裁判所に特別抗告をしたが、該抗告も棄却され、前記一審の決定が確定したことは当事者間に争がない。

このような場合は、第一審裁判官のした制裁決定が違法であり、且つその故意過失によるものとして、国家賠償法による損害賠償請求が許されるか否かが、本件の本案前の争点である。

国家賠償法第一条は国家賠償の要件として、公務員が公権力の行使につき故意又は過失により違法に他人に損害を加えた場合であることを規定するのみで、特に裁判官による裁判、すなわち判決、決定、命令等の形でなされる裁判による権力行使を除外する旨を定めていないので、一見すれば、裁判といえどもすべて前記の要件を備えるときは、国家賠償の対象となり得るように見られないではない。

しかし、裁判官による裁判のすべてが果してそうであるであろうか。その点を究明するための参考資料として、諸外国における制度を概観してみよう。先ず英国及び米国においては、裁判官がその管轄権限内においてなした行為(裁判はもとより、職務執行上のすべての言動を含む)については、その裁判官並びに国又は州は損害賠償の責を負わない。その理由とするところは、裁判官が独立して自由に、且つその行為の結果に対し危惧することなく、重要な職務を遂行するためには、このような法の保護が必要であり、そのことは結局一般国民の利益となるからである、とされている。次に西ドイツ国においては、同国民法第八三九条第二項は「官吏が争訟事件を判決(Urteil)するにあたり、その職務に違背したときは、その義務違反が刑事訴訟手続に従い公の刑罰を受くべきものである場合に限り、これにより生じた損害につき責を負う」と規定し、同条第三項は「被害者が故意又は過失により、法律的手段の行使によつて損害を防止することを怠つたときは、賠償義務を生じない」と規定して、裁判官の損害賠償責任を刑事罰を受くべき職務違背がある場合に限定し、右有責の場合にのみ国又は州(ラント)が当然賠償責任を負うものと定められており、その立法理由は、裁判所の独立を保持し、また判決の既判力を保護することによる法的安全の保持等にあるものと解されている。なお前記「判決」とは、民事及び刑事事件において必要的口頭弁論を経て訴訟手続を終結せしめる、いわゆる判決に限られるか、その他の裁判を含むかについては争があるようであるが、狭義の判決に限らず、仮差押、仮処分の決定、破産宣告、禁治産宣告の決定等当事者の権利義務を確定又は創設するすべての裁判を含むものとする有力な見解が存する。またフランス国においては、裁判官がその職務執行につき不正の収得、詐欺、強迫等をした場合、又は裁判をなすことを拒んだ場合等法律が特に定める場合にのみ、その裁判官が賠償責任を負い、国は責任を負わないものとされているようである。

そこで右二、三の国の法制を参照のうえ、本件問題点につき判断するに、裁判所若しくは裁判官による裁判が国家賠償法第一条に規定する「公務員の公権力の行使」に該当するか否かは、右規定の文理解釈のみをもつてしては明らかでなく、裁判の本質に由来する目的論的解釈によりはじめて導き出されるものと考えられる。

裁判とは最も広義には司法機関である裁判所が事件を解決するために行う法律判断及び処分(証拠調等)を指称するものと解せられ、さきに述べた如く英、米においてはこの意義における裁判について国はもとより当該裁判官も一切不法行為責任を負わないとされているのであるが、右法理が直ちに我が国においても妥当するか否かについては疑なきを得ない。裁判所若しくは裁判官の処分は事実行為であつて、本件の争点より離れるので、これに対する判断はさておくとして、右に述べた広義における裁判の内、裁判所若しくは裁判官の法律判断についてのみ考えるとしても、これを漫然一個の概念に統一し、結論を求めることは早急のそしりを免がれない。西ドイツ国において、職務違背の判決(Urteil)をなした裁判官は特定の要件のもとにおいては損害賠償責任を負うことはさきに明らかにしたとおりであり、ここにいう判決とは本来の司法裁判権の権能である裁判のみを指すのか、更に広い意味を含むのかについては争いのあるところであるが、このような争いは、具体的事件の解決を目的とする裁判所の法律判断を裁判と呼称するとしても、右法律判断には純粋に司法裁判権の作用に属するものと、むしろ本来行政的性格を具有するが、便宜上、もしくは妥当性の見地からこれを司法裁判所の所管としているものとがあることから生じているのである。もつとも狭義には、裁判とは、本来の司法裁判権の作用、即ち裁判所が司法裁判権の行使として法の効力を確保するため、具体的な法律上の争訟を解決する目的でなす法律判断のみを意味し、少くともこの意味における裁判が前記西ドイツ民法第八三九条第二項の「判決(Urteil)」に該当することは、多言するまでもなく明らかであろう。しかして、かかる意味における裁判につき、所定の上訴手続により救済を求めること以外に、担当裁判官の行為が不法行為に該当するとして国家賠償法に基き損害賠償を請求することは、裁判の独立、確定裁判の法的安定性を侵すことになり、かかる裁判自体の存在理由に背反することになるので、到底認容するを得ない。問題は行政的性格を有する裁判所の判断作用についてであるが、これらは司法裁判権の本来の権能ではないので、このような意味での裁判についても不法行為責任の埓外におくことは、さきにのべた諸外国の立法の趣旨に照しても、直ちに容認しえないものと考えられる。我が国において、強制執行手続における違法な裁判、或いは違法な勾留裁判の場合等における裁判官の不法行為責任を認めた幾多の判例も同一の根拠に出でたものと解されるのである。

ところで、法廷等の秩序維持に関する法律によつて裁判所又は裁判官に与えられた権限は、直接憲法の精神に基礎を有し、司法の使命とその正常適正な運営の必要に由来するものであり、司法の自己保存、正当防衛のために内在する権限であつて(最高裁判所大法廷昭和三三年一〇月一五日決定、同第一小法廷昭和三五年九月二一日決定)、司法裁判権に固有の権能であると解されるのであり、右法律違反に対する制裁の目的は、右制裁を通じて裁判所に対する服従を確保し、もつて司法権の適正有効な実現を図るものであつて(カツシヤーメン対ミネソタ州事件、合衆国最高裁判所判例集五〇巻八五頁参照)刑罰権の存否を判断する刑事裁判権とはその性格を若干異にするとはいえ、共に司法に固有の権限であつて、前述のいわゆる行政的性格を有する裁判とは全くその本質を異にするものであるというべきである。

以上判示したとおり、法廷等の秩序維持に関する法律違反に対する制裁決定については所定の上訴手続により救済を求め得る点はさておき、少くとも本件の場合の如く、制裁決定が確定した後においては、当該裁判官の裁判をもつて国家賠償法第一条に規定する不法行為責任を追求することは許されないと解すべきであるから、原告の本訴請求はその前提において既に失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎 武田正彦 岩井康倶)

別紙

請求の原因

第一、原告の立場

原告は昭和三四年四月六日司法修習生としての修習を終え、同年五月一三日より福岡県弁護士会に弁護士として登録し、福岡市大名町二丁目九五番地に法律事務所を置いて弁護士を開業しているものである。

第二、紛争の経過

一、三井三池争議にたいする官憲の弾圧は苛烈をきわめ起訴された組合員、主婦の数は一九六名、被告事件数は合計二三八件に達した(略式命令から正式裁判に廻つたものを含む)。これらの各事件は、福岡地方裁判所第一刑事部、第二刑事部、第三刑事部、第四刑事部、福岡地方裁判所大牟田支部、大牟田簡易裁判所、熊本地方裁判所第一刑事部、熊本地方裁判所玉名支部などに係属して、現に審理中である。これら三池事件の処理に関係している弁護士は合計一四名であるが、各刑事部の事件ごとに担当弁護人、主任弁護人をきめ、また関係弁護士全員で三池事件弁護団を構成している。三池事件弁護団の役割は相互の連絡各事件の統一的検討などであり、必要のつど、なるべく多数の弁護士が参加して、弁護団会議を開くことにしている。

二、公訴提起された二三八件におよぶ被告事件は、すべて三池争議という巨大な嵐のなかで起つたものであるため、これが弁護対策は、綜合的、統一的たらざるを得ない。共通な背景のなかで生起した事件に統一的に取り組むため、三池事件弁護団は全被告事件に共通する冒頭陳述書をつくることをきめ、九州在住の弁護士がその草稿執筆を担当することにした。昭和三六年三月二五、六日に福岡市で三池事件弁護団会議が開かれ、そこで九州在住弁護士の作成した冒頭陳述書草稿一ページ約一、七〇〇字、九六ページ)の検討がなされた。その結果、四月一〇日までにさらに冒頭陳述書の内容、表現に検討を加え、四月一一日の弁護団会議において最終的に冒頭陳述書を完成することが決定された。このときの弁護団会議に参加した弁護士は、佐伯静治、彦坂敏尚、藤本正、野田宗典(以上東京)、諫山博、田代博之、三浦久、横山茂樹(以上福岡)の八名であつた。

なお、このとき公判の進行が早くて弁護人の冒頭陳述段階が迫つている熊本地方裁判所の冒頭陳述をどうするかが弁護団会議の議題にとりあげられた。福岡地方裁判所やその他の裁判所の刑事部は同種事件を併合して審理しているため、弁護人が冒頭陳述するまでにはまだかなりの余裕があつたけれども、熊本地方裁判所ではほとんどの事件が併合審理されていないため、大部分の事件は審理に着手されていないのに、ごく一部の事件についてのみ審理が進み、四月一〇日に弁護人の冒頭陳述をする段階になつている事件があつたのである。熊本地方裁判所の公判進行具合からみて、弁護人の統一的な冒頭陳述書を熊本地方裁判所の冒頭陳述期日までに完成することは困難であつた。しかしすでに指定されている公判期日を変更することにも問題があつたので、熊本地方裁判所の冒頭陳述のときには追つて正式の冒頭陳述書を書面で提出することをことわりつつ、弁護団会議の討議資料に供された冒頭陳述書草稿にもとづいて冒頭陳述を行うことがきめられた。

三、昭和三六年四月一〇日、熊本地方裁判所第一刑事部(裁判長裁判官安東勝、裁判官松本敏男、同鍋山健)において、被告人百田昭外六名にたいする暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の第一一回公判が開かれた。立会検察官は苑田美毅、立会弁護人は野田宗典(東京、主任弁護人)、原告横山茂樹(副主任弁護人)、坂本泰良(東京、国会議員)、諫山博(福岡)、酒井善為(特別弁護人、熊本県会議員)、山田一男(特別弁護人、三池労組法政部長)であつた。傍聴席は三池労組員、三池主婦会員、国鉄労組員などの傍聴者でほぼ一ぱいになつていた第一一回公判は午前一〇時一〇分ごろから開始されたが、はじめに特別弁護人に冒頭陳述を行わせるかどうかが問題になつた弁護人は長文の冒頭陳述書を朗読するのであり、そのなかには労働組合内部の特殊な問題も含まれているのであるから、特別弁護人にも冒頭陳述をやらせるべきだと主張した。しかし裁判所はなかなかこれを認めようとしなかつた。そのため一時休廷になり、別室で裁判官と弁護人との協議が行われた結果、裁判所は特別弁護人の冒頭陳述を許すことにして、午前一〇時五〇分ごろ公判が再開された。

弁護人は準備していた冒頭陳述書(草稿)をそのまま朗読して冒頭陳述することにし、朗読の順序を、野田主任弁護人、酒井特別弁護人、山田特別弁護人、横山副主任弁護人、野田主任弁護人とし、右順序に従つて各自の分担部分をきめた。再開へき頭、野田主任弁護人が立つて冒頭陳述の順序を告げ、冒頭陳述書(草稿)の朗読に入ろうとしたとき、苑田検察官が、「冒頭陳述書はいつごろ提出されますか」と質問した。そこで野田主任弁護人は、「いま読もうとしているのは冒頭陳述書の草稿で内容を検討中のものです。今月末ごろには冒頭陳述書の決定版が出来あがるはずですから、来月の公判期日までには正式の冒頭陳述書を提出できると思います」と答え、冒頭陳述をはじめた。午前中は、野田主任弁護人が「第一章、戦前の三池炭鉱における三井独占資本の労務政策」を、ついで酒井特別弁護人が「第二章、三池炭鉱労働組合の結成とその活動」の部分を朗読した。午後はまず酒井特別弁護人が、「第三章、第一節、今次争議の本質」を朗読し、つづいて山田特別弁護人が「第二節、今次争議の具体的展開」の部分の朗読をはじめた。ところが山田特別弁護人は朗読をはじめて間もなく体の調子が悪くなり、次番の横山副主任弁護人に交替を求めた。そこで横山副主任弁護人は裁判長から交替の許可を得て、山田特別弁護人に引きつづき冒頭陳述書草稿の朗読をはじめた。

横山弁護人の朗読した部分は、草稿「第二節、今次争議の具体的展開」の大部分、すなわち、

一、第一次合理化案の提示と妥結 三八ページ

二、兵糧攻めによる追打ち攻撃 三八ページ

三、組合に対する挑戦状……第二次合理化案の提示 三九ページ

四、会社側の挑発と策動 四〇ページ

五、第二次合理化案の正体……量より質へ、ふみにじられた三原則 四一ページ

六、第一次中山あつせん案の拒否と団結破壊 四二ページ

七、指名解雇の強行とその実態 四三ページ

八、第一次ロツクアウトによる会社側の組織ゆさぶり 四五ページ

一〇、会社の不当労働行為 四六ページ

一一、理性を失つた仮処分決定の暴挙 四九ページ

一二、暴力団の争議介入 四九ページ

一三、反労働法的藤林あつせん案 五〇ページ

一四、官憲の弾圧 五〇ページ

一五、第二次ロツクアウトの強行 五一ページ

一六、反憲法的仮処分決定の暴挙 五一ページ

一七、第二次中労委中山あつせん案と事態収拾 五二ページ

(九、は欠除している。草稿のミスプリントによるもの)

であつた。

横山弁護人が読みあげたのは右の本文の部分だけであつて、「見出し」は朗読を省略した。その長さは、一五ページ、約二三〇〇〇字に及ぶものであつた。横山副主任弁護人は冒頭陳述書草稿の右部分をそのまま朗読したのであるが、その間、検察官が異議申立てをしたり、裁判官が陳述の内容について注意を与えるようなことは一度もなかつた。たゞ、横山弁護人が担当部分の朗読を終ろうとするところ、安東裁判長は「三時ですからちよつと休憩しましよう」と発言したことがある。横山弁護人が「あと二行ほどで終りますから」といつて続行を求めると、裁判長はそれを認める態度を示したので、横山弁護人は残りの部分の朗読を終えて着席し、休憩に入つた。

四、午後の休憩時間中に、野田主任弁護人、横山副主任弁護人、酒井特別弁護人、山田特別弁護人が翌日の公判期日のことで裁判官に会いに行つた。そのとき安東裁判長は期日の打合せが終つた後で、「冒頭陳述の内容に問題があるようですから、これからテープレコーダーをつけます」といい、また「冒頭陳述はあとどのくらいかかりますか。今日中に終るようにしてください」とも発言した。

休憩後の法廷は、酒井特別弁護人の陳述からはじまつた。このときは、法廷にテープレコーダーが備えつけられていた。酒井特別弁護人の冒頭陳述がつづいて午後五時近くになつたころ、裁判長は「あと何分ぐらいかかりますか」と聞いた。野田主任弁護人が「あと一時間ぐらいです」というと、裁判長は「今日はこれで打ち切ります。あとは書面で提出してください」といつて次回期日を告知した。野田主任弁護人がもう少し審理をつづけるように申立てたが、裁判長はさつさと立ちあがつて、退廷してしまつた。

五、四月一一日は中国法律家代表団が三池見学のため大牟田市に来訪したので、野田弁護士も横山弁護士も代表団に随行した。この日、熊本地方裁判所の公判期日は裁判所との話し合いによつて取消されていた。

四月一二日も三池事件の公判はなかつた。

四月一三日には熊本地方裁判所で被告人星下喜楽の脅迫等被告事件第一〇回公判が開かれたが、百田昭外六名の公判は行われなかつた。この日は、野田主任弁護人、横山副主任弁護人、山田特別弁護人等が立合い、午前一〇時から午後四時ごろまで証人尋問が行われた。この日の法廷では、裁判官も検察官も弁護人も、冒頭陳述のことにはひとことも言及しなかつた。

六、四月一四日に角義人外五名の暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件第六回公判が開かれた。この日の弁護人は、野田主任弁護人、横山副主任弁護人、坂本弁護人、山田特別弁護人の四名であつた。午前一〇時から証人尋問が行われたが、午後三時の休憩時に、熊本地方裁判所の書記官が、休憩中の横山弁護人のところに、安東裁判長名の法廷等の秩序維持に関する法律違反事件の「審問期日通知書」を持つてきた。その通知書には、「被審問人横山茂樹、右の者被告人百田昭外六名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件に関し審問を開始するから、昭和三六年四月一四日午後四時三〇分当裁判所調停室に出頭せられたく通知する」と記載されていた。横山弁護人にしてみれば、まつたく寝耳に水の審問通知だつたのである。横山弁護人はなにが問題になつているかも知らされず、いきなり審問期日の通知をうけたので、野田弁護士、坂本弁護士とともに熊本地方裁判所長谷本寛に面接し、不当な措置がなされることのないように善処方を要望した。それから、横山弁護士は坂本弁護士を補佐人に選任して、坂本弁護士とともに指定された調停室に行つた。

審問は安東裁判長、松本裁判官、鍋山裁判官によつて始められ坂本弁護士が補佐人として立会つた。まず人定尋問があり、ついで安東裁判長はメモをとりだして、横山弁護士が四月一〇日なした冒頭陳述中、

イ、裁判所は理性を失い短時間内に仮処分を認めるという暴挙を行つた。

ロ、裁判所の仮処分は、きわめて政治的な内容のものであつた。

ハ、裁判所のだした憲法違反の仮処分で、法の支配は法の番人によつてふみにじられた。

という発言があつたと指摘し、横山弁護士のこのような陳述は法廷等の秩序維持に関する法律第二条の「裁判の威信を著しく害した」場合にあたるものであると述べた。そこで横山弁護士は、「冒頭陳述はこれから弁護人が立証しようとする事実を明らかにするものであつて、陳述の内容は将来証拠で証明すべく努力するつもりである。また、読みあげた冒頭陳述書は、はじめにことわつているように未完成の草稿であるから、いずれ検討を加え、必要な加除訂正を行つて正式の冒頭陳述書として提出するはずである」と、自分の立場を説明した。それにたいして安東裁判長は、「後で正式の冒頭陳述書を出すといつても、すでに終つた陳述によつて傷つけられた裁判の威信にたいしてはどうしますか。また、訂正といつても、いま問題になつている点が訂正されるかどうかはわからない」と言つたので、坂本補佐人が「その点は他の弁護人と協議して返答したいからしばらく時間をいただきたい」と述べて、横山弁護士と坂本弁護士は退室した。

その後再開された審問の席で、横山弁護士は他の弁護士との協議の結果にしたがい、「後日、完成された冒頭陳述書を裁判所に提出するので、それを正式な冒頭陳述として取扱つてもらいたい。口頭による陳述と正式の冒頭陳述とのあいだに相違があつたとすれば、正式の書面と相違する口頭陳述の部分は取消したものとして処理していただきたい。なお、裁判所が問題にしている点は、書面による冒頭陳述のさい取消すことにしたい」と述べた。それにたいして安東裁判長は、「それだけですか」(「そうですか」とも聞えた)といつたので、横山弁護士は「はい」と答えた。安東裁判長は処分の通知をするので、四月一五日午前一一時に裁判所に出頭するようにと通知して、審問を打ちきつた。

七、指定された四月一五日の午前一一時三〇分ごろ、横山弁護士は三池事件弁護団を構成している弁護士坂本泰良(東京)、庄司進一郎(熊本)、清源敏孝(大分)、谷川宮太郎(福岡)、彦坂敏尚(東京)、野田宗典(東京)とともに熊本地方裁判所に行つた。安東、松本、鍋山の三裁判官が入廷すると、坂本弁護士(補佐人)が立つて、審問調書の朗読を求めた。安東裁判長はこの申し出を一蹴した。こんどは横山弁護士が、要旨の朗読を求めた。ついで坂本弁護士が、審問調書朗読の必要性を説明し、かさねて朗読を要求した。安東裁判長はこの申し出も却下した。坂本弁護士はその却下にたいして異議を申立てたが、安東裁判長は坂本弁護士の発言を禁止し、坂本弁護士に異議理由の陳述の機会を与えなかつた。坂本弁護士はつぎに裁判官忌避の申立をなしたが、安東裁判長はこれを却下し、坂本弁護士に退廷を命じ、廷吏に坂本弁護士を法廷外に連れ出させようとした。坂本弁護士は連れ出されるのを待たず、自ら退廷した。

その間、庄司、清源、谷川、彦坂、野田の各弁護士は傍聴席にいたが、補佐人になつていた坂本弁護士が退廷させられたので清源弁護士が坂本弁護士に代つて補佐人になりたいと申し出た。しかし安東裁判長は清源弁護士の申し出を拒否し、補佐人不在のまま、直ちに横山弁護士に対してつぎのとおりの制裁を言渡した。

主文

本人を過料三万円に処する。

理由

(事実の要旨)

本人は福岡県弁護士会所属の弁護士であるが、昭和三六年四月一〇日当裁判所刑事第一号法廷において、被告人引田芳子、同橋本シズ、同松尾カズ子に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、同百田昭、同後藤留治に対する暴力行為等処罰に関する法律違反傷害、同宮原正満に対する脅迫、暴行、同竹内久一に対する公務執行妨害各被告事件につき、弁護側冒頭陳述を行うに際し、同日午後二時三〇分頃、今次三池争議の発生原因並にその経緯に言及し、福岡地方裁判所が発した各種仮処分命令について、「裁判所は会社側の巧妙な作戦のペースに巻きこまれて、理性を失い、八時間以内に仮処分を認めるという暴挙を敢えてした」、「その仮処分は極めて政治的な内容である」、「これは憲法に違反した仮処分で法の支配は法の番人によつて破られたものであります」等の暴言を弄し、以て裁判の威信を著しく害したものである。

(適用した法条)

法廷等の秩序維持に関する法律第二条第一項

昭和三十六年四月一五日

熊本地方裁判所刑事第一部

裁判長 安東勝

裁判官 松本敏男

裁判官 鍋山健

第三、制裁決定の違法性

一、熊本地方裁判所が問題にしているのは、制裁決定の理由に記載されているように、横山弁護士の冒頭陳述のなかにあつた福岡地方裁判所の仮処分決定にたいする批判の発言である。決定は冒頭陳述の発言の一部のみを要約しているが、決定理由で指摘されている三点を、横山弁護士が朗読した冒頭陳述書の草稿そのままの文章で引用すると

(イ) 裁判所は流血の惨事に狼狽し、会社側が同日午前に申請した三川鉱、四山鉱、宮浦鉱に対する立入禁止の仮処分命令をわずか八時間後に急醵認める決定を出した。裁判所は明らかに理性を失つた態度で、憲法と法律にしたがつてのみ裁判すべき良心に背き、会社側の前記の巧妙な作戦のペースにまきこまれ、争議権を弾圧の役割を果すことになるのである(草稿四九ページ)。

(ロ) 四月一一日会社は福岡地裁に三川のホツパーおよび宮浦の選炭機に対する立入禁止、就労妨害排除、執行吏保管を求める仮処分の申請を行つた。これに対し弁護団は、四月一八日、二〇日の三川、宮浦において警官隊の就労支援のもとに執行吏の行つた執行方法は違法であるとの異議申立てを四月一九日福岡地裁に行つた。この二つの申請に対し裁判所は、五月四日一方では組合の主張を容れて、ピケによる団結の示威と平和的説得を認め、警官隊による就労支援の執行方法は違法と認めながらも、他方ではホツパーの立禁、妨害排除、宮浦鉱の妨害排除、および執行吏保管に移さず公示札を立てることを認めるというきわめて政治取引的仮処分決定を出した。しかしながら、五月一一日、裁判所はついにピケ隊の説得活動を妨害行為であるとして、立禁区域内に板壁構築を認める執行命令を出すに至つた。労働争議に仮処分を利用することは会社の巧妙な策謀であるが、労働運動に対する裁判所の不当な介入が、この時期からとくに露骨に支配した(草稿五一ページ)。

(ハ) しかるに裁判所は七月七日、圧倒的多くの国民の要求に背いて、ついに会社の求めた仮処分命令を殆んど容れて決定を下した。仮処分はホツパー周辺のピケそのものを禁止し、周辺の土地を執行吏の保管に移すという点において、明らかに違憲の内容をもち、戦後における最悪の判例となつた。「法の支配」は法の番人によつてふみにじられた、(草稿五二ページ)というものである。(傍点原告)

二、本件をみる場合に先ず考慮しておかなければならないのは、原決定が裁判の威信を著しく害する暴言として指摘している横山弁護士の発言が、刑事法廷における弁護人の冒頭陳述としてなされたことである。冒頭陳述とは、「証拠により証明すべき事実を明らかに」するために証拠調べのはじめに行われる訴訟活動のひとつである。刑事訴訟法第二九六条では検察官の冒頭陳述は必ず行われなければならないことになつているが、刑事訴訟規則第一九八条第一項は、弁護人の冒頭陳述は裁判所の許可を得て行うことができると規定している。弁護人の冒頭陳述は当然の権利行為ではないが、一旦裁判所から許可されたら、その性格は検察官の冒頭陳述と異るところはない。検察官の主張立証に対抗してその効果を否定もしくは滅殺するために、弁護人はかくかくの事実を立証したいと主張するのが、弁護人の冒頭陳述である。したがつてそれは、弁護人の単なる意見の表明というようなものではない。弁護人の恣意もしくは好みによつて陳述される性質のものではなくして、被告人の行為の正当性や有利な情状を導きだすための事実として弁護人によつて構成され、法廷において主張されるものである。したがつて、弁護人の弁護活動のなかでは、冒頭陳述はきわめて重要な部分を占めるのである。

いうまでもないことであるが、当事者主義が採用されている現在の刑事裁判においては、弁護人の弁護権の行使、そのための法廷における弁護人の言論の自由は、最大限に保障されていなければならない。弁護人が被告人の利益を守るために言いたいことを自由に言えないようでは、完全な弁護権の行使はできないし、したがつて被告人の人権も守られない。

ところで百田昭外六名にたいする暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件は、三池争議の激化したなかで起つたものであり、三池争議における労使のはげしい対決、官憲の不当な弾圧、とくに福岡地方裁判所の仮処分決定を利用した会社、第二組合の組織攻撃、切崩しを無視しては、真の姿を把握しがたい性質のものである。最高裁判所の三友炭鉱事件判決は、ピケの正当性はピケをとりまく「諸般の事情」を考慮して判断されなければならないとする立場を示しているが、本件において、福岡地方裁判所がいかなる態度、方法で、いかなる時期に、いかなる内容の仮処分決定をしたか、またそれが三池争議にいかなる影響を与えたか、憲法や労働法に照らしてそれが正しかつたか正しくなかつたかなどは、本事件の正当性を判断するための諸般の事情として、当然考慮されなければならないものである。これが、期待可能性の理論による責任阻却原因として、または刑の量定をきめるための情状証拠としても利用さるべきことはもちろんである。

そういう基本的立場から、弁護人は冒頭陳述のなかで、福岡地方裁判所の仮処分決定にたいして社会的、法律的な批判のメスを加え、これを公判廷において被告人等を有利にするための事実として、主張し、立証しようとしたのである。したがつて、その発言は、かつてある最高裁判事が判決書のなかで同僚裁判官にたいして、「鬼面人を欺くものでなければ羊頭を懸げて狗肉を売るものといわなければならない」、「民主主義の美名の下にその実得手勝手な我儘を基底として国辱的な曲学阿世の論を展開」と補足意見を述べたのと同日に論ずることはできないのである。

ところが熊本地方裁判所第一刑事部は、横山弁護士のなした冒頭陳述の一部が裁判の威信を著しく害する暴言にあたるものとして、これを制裁の対象にした。これは、ひとり横山弁護士にたいする弾圧であるにとどまらず、弁護人の弁護権、法廷における言論の自由にたいする前例のない挑戦である。以下決定が問題にしている暴言なるものを、順を追つて個別に検討してみることにする。

三、制裁決定理由の分析

(イ) 決定は「裁判所は会社側の功妙な作戦のペースに巻きこまれた」という冒頭陳述の表現を、裁判の威信を著しく害する暴言として抜きだしている。最近の労働争議が、組合に対いする立入禁止または業務妨害排除の仮処分を前面に押したてて進められており、会社が仮処分を得るために種々の作為的工作をなしていることは歴然たる事実である。三池争議でも、会社はホツパーにたいする仮処分の条件を作るために、ホツパーを運転するつもりはないのに会社の職員をホツパーのピケラインのすぐ近くに動員し、ピケに接触させてピケを混乱に陥れようとした。そういう会社の挑発によつてピケラインで少しでも混乱がおこると、会社はすぐさま現場写真を撮影し、翌日はそれが仮処分の疏明資料として裁判所に提出されるという有様であつた。このような事実の積みかさねによつて、仮処分決定の条件がだんだん作為されていき、ついに裁判所が仮処分決定にふみきるという公式的な経過を、弁護人の冒頭陳述は、「裁判所は会社側の功妙な作戦のペースに巻きこまれた」と表現したのである。この一連の経過を裁判所が会社の功妙なペースに巻きこまれたとみるかどうかは、見る人の立場で分れてくることであろう。しかし、弁護人の冒頭陳述のように解したからといって、そのように理解することをけしからんと非難するわけにはいかない。また、弁護人がそのように理解したとすれば、それを証拠によつて立証すべき事実として公判定で主張するのも当然のことである。このような弁護人の冒頭陳述が、暴言とか裁判の威信を害したなどといつて制裁の理由になろうと考えられない。

(ロ) 決定は制裁の理由のなかで、「裁判所は……理性を失い」という言葉をとりあげている。しかしこれは、「裁判所は明らかに理性を失つた態度で……」というのが正確である。ところで、三月二八日の仮処分決定が、アツという間にだされてしまつたことは、まぎれもない事実であつた。現地調査に三池に来られた浅井清信教授は、この仮処分決定について「驚くべきことにはその数時間後、同日午後四時に次のような仮処分決定が下された」と説明している(労働法律旬報三八八号一三ページ)。裁判所がこれほどいそいで仮処分を決定した原因は、三月二八日早朝に第一組合員と第二組合員の血で血を洗う衝突にあつたためと思われる。福岡地裁の数度の仮処分決定のなかで、これほどあわただしく結論がだされたのはこのときだけである。その他の場合は、裁判所は割合くわしく雙方の事情を聞いて仮処分を決定するという方針をとつていた。しかるに三月二八日の仮処分だけが異例の早さで決定された理由を、弁護人は三月二八日早朝の衝突事件のために裁判所が冷静な判断に欠くるところがあつたためと判断しそのことを冒頭陳述のなかで、裁判所は「明らかに理性を失つた態度で」仮処分の決定をだしたと主張し、そのことを証拠によつて立証したいと陳述したのである。裁判所が理性を失つた態度で仮処分を決定したとみたのは、弁護人の事実にもとづく判断である。それが被告人にとつて有利な事実となり得るならば、そのことを冒頭陳述で主張し、立証段階で証明していこうとすることは、弁護人の当然の責務である。このような冒頭陳述が裁判の威信を著しく害する暴言とは思われない。

(ハ) 決定は、「八時間以内に仮処分を認めるという暴挙を敢えてした」という表現を問題にしている。しかしこれは、原決定の事実誤認にもとづく制裁である。弁護人の冒頭陳述のなかには、福岡地裁が短時間に仮処分決定をしたことを暴挙と表現したところはない。見出しには、「反憲法的仮処分決定の暴挙」という用語が使用されているが、これは朗読されていない。横山弁護士の朗読部分には、「第二組合員らはピケを突破して構内に乱入するという暴挙を敢行した」(四九ページ)、「会社側の暴挙」(五一ページ)、「団結権侵害の暴挙」(五二ページ)などの字句が使われているので、原決定は「暴挙」の二字が使用された場所を誤つてうけとつたのであろう。なお「八時間以内に仮処分を認める」というのは、三月二八日に仮処分申請から決定がだされるまでの時間を述べたものであつて正確な事実の陳述である。

(ニ) 決定は、「その仮処分はきわめて政治的な内容である」という陳述を、「暴言」といい、「裁判の威信を著しく害するもの」としている。この陳述は、これだけを抜きだせばなんのことかよくわからない。この部分の正確な陳述は、すでに全文を引用したとおりであるが、全体のなかの一部分として読まないと真意が誤解されるおそれがある。福岡地方裁判所は五月四日に組合の申請していた仮処分を認容する決定を出すと同時に、会社の申請していたホツパー立入禁止等の仮処分をも認容する決定をだした。組合の申請も認め、会社の申請も容認するという結論になつたことを、弁護人は「政治取引的仮処分決定」であつたと主張し、将来証拠によつてその事実を証明しようとしたのである。

五月四日に労使雙方から申請していた仮処分が同時に決定されたことは、多くの人に「妥協的」、「政治的」という感じを与えたことを否定できない。五月五日の朝日は、この仮処分の影響を「労使均衡くずれぬ」という見出しで論じ、「決定書を受けとつた会社、第一組合雙方の弁護人は程度の差こそあれ、どちらもわれわれの主張は通つたという」と書いている。同日の毎日は、「結局今度の仮処分決定は争議に介入したくないという裁判所の考え方が基本になつており、ピケも警官も行きすぎてはならないと警告しているようであり……」と解説している。五月四日にこのような仮処分決定を出した裁判所の態度を、冒頭陳述書では世間通常の用語を使つて「政治取引的仮処分決定」と呼んだまでである。ここで使われた政治的とは、政治権力にこびへつらうという意味ではない。政治的解決、政治的発言などという場合の政治的である。したがつてこれは、裁判の独立が侵されたという非難の用語とみるべきものではない。なお、浅井教授は、この仮処分を「策略的仮処分」と批判している(旬報三八八号、一四ページ)。

(ホ) 原決定は最後に、「憲法に違反した仮処分」、「法の支配は法の番人によつて破られた」という用語を制裁の対象にとりあげている。この前段部分の正確な表現は、先に引用したように、「仮処分はホツパー周辺のピケそのものを禁止し、周辺の土地を執行吏の保管に移すという点において、明らかに違憲の内容をもち、戦後最悪の判例となつた」というのである。この引用でわかるように、弁護人の冒頭陳述は、仮処分を頭ごなしに憲法違反ときめつけて攻撃しているわけではない。ホツパー周辺のピケそのものを禁止し、その土地を執行吏の保管に移した点において、違憲の内容を含んでいると主張しているのである。これはまさに判例批評に属するものである。ホツパー仮処分を憲法、労働法の立場から批判もしくは非難した学者は、枚挙にいとまがないほどである。たとえば浅井教授等とともに三池争議を視察に来られた本多淳亮助教授は、「執行吏保管は司法機関のあまりにも露骨な争議介入となるため、従来多くの裁判所はこの点の申請を却けてきたのであるが、福岡地裁は無謀にもこれを容認してしまつた。労働争議に対する理解のなさにあきれかえらざるを得ない。これはまさに、裁判所による労働者の争議権の侵害である。誰の目にも明らかなかかる司法権の濫用に対して、われわれは強く抗議せざるをえないであろう」と評し(旬報三八八号八ページ)浅井教授は「福岡地裁の本件裁判官たちはこうしたまつたく反労働法的感覚にもとづく誤れる事実の把握を基礎にして、ひたすら会社のロツクアウトと第二組合とによる操業の国家権力による保護につとめている。これが一連の三池仮処分のいつわらざる実態である」(旬報三八八号一五ページ)とホツパー仮処分を批判している。それらと同様の立場から、三池事件弁護団は、ピケ排除及び執行吏保管の仮処分が憲法違反の内容をもつものであることを主張したのであるが、この主張は福岡地裁における仮処分審問のときから三池事件弁護団によつて一貫して主張されていたことである。「法の支配は法の番人によつて踏みにじられた」という発言は、ピケ排除、ホツパー執行吏保管の仮処分決定が違憲違法の内容のものであるという前提にたつて、法の番人でなければならない裁判所が(憲法第九九条)、かえつて憲法をふみにじる結果になつたではないかと指摘しているのである。法の支配は法の番人によつて踏みにじられたという美文調の用語がこの陳述の真意把握を困難にしている点もあるが、要約すれば右のようなことであり、この事実を弁護人は立証段階で明らかにし、被告人の有利な証拠に使用したいと思つているのである。

したがつて、横山弁護士が朗読した冒頭陳述等のなかには、法廷等の秩序維持に関する法律に違反する点はまつたくなかつたといわなければならない。

四、最高裁判所は法廷等の秩序維持に関する法律によつて裁判所に属する権限は、「司法の自己保存、正当防衛のために司法に内在する権限」であるとしている(昭和三五・九・二一・一小)。そうだとすれば、制裁の対象となる裁判の威信を著しく害した暴言とは、当該裁判所に対するものでなければならない。当該裁判所にたいする直接的な暴言のみが当該裁判所の威信を傷つけるものとして、制裁の原因になり得るのである。しかるに決定が理由のなかで摘示している横山弁護士の暴言なるものは、いずれも熊本地方裁判所第一刑事部にたいするものではない。一年ないしそれ以上も古い時期に熊本地方裁判所第一刑事部と無関係な裁判所によつてなされた仮処分決定にたいする批判ないし非難の言辞ばかりである。このような裁判批判を他の裁判所で行つたとしても、それが理由のない罵詈雑言に類するものでないかぎり、発言の相手になつた裁判所にとつて裁判の威信を著しく害した暴言になるとは考えられない。原決定が問題にしているような発言が法廷外でなされたのであれば、何人もこれを裁判の威信を著しく害した暴言として取りあげることはないであろう。しかし同じことがどこかの裁判所で発言された場合には、裁判の威信を著しく傷つける暴言になるというのでは、理くつに合わない。弁護人が法廷で裁判官に向つて「能力がない」と発言すれば制裁の原因になるそうである。しかし弁護人がある法廷でわが国には「能力のない裁判官がいる」と発言したら、それでもやはり制裁の原因になるだろうか。決定がとりあげている三点にわたる横山弁護士の発言は、いずれも熊本地方裁判所第一刑事部の裁判を非難したものではなく、またそれは理由のない罵詈雑言に類するものでもないのであるから、熊本地方裁判所第一刑事部にとつては、裁判の威信を著しく傷つける暴言に当らないものといわなければならない。

五、つぎに問題になるのは、横山弁護士が冒頭陳述をするときには、あらかじめ野田主任弁護人から正式の冒頭陳述は追つて提出する完成された冒頭陳述書によつて行つたものとして取扱つてもらいたいとことわつていたことである。訴訟の通常の方式に照らせば、弁護人の冒頭陳述は追つて提出する冒頭陳述書記載のとおりであり、冒頭陳述書草案はそれの補足として朗読されたにすぎないものとみるべきである。正式の冒頭陳述は追つて提出する書面によつて行つたことにするのであるから、横山弁護士の朗読した草稿部分は、後に提出された冒頭陳述の記載と異る点があればそれによつて当然遡つて訂正されたものとして陳述されたことになる。ことさらの訂正行為を待つまでもなく、当然訂正されるものとして、冒頭陳述がなされたのである。したがつて、後日正式な冒頭陳述書が提出され、それが各弁護人の朗読した草稿と異る部分があつたとすれば、四月一〇日の草稿朗読の時に遡つて訂正されたことになる(なぜなら、後日提出される冒頭陳述書は、四月一〇日に陳述したと同じ取扱いをうけることになるから)。してみると、問題にされている横山弁護士の冒頭陳述は遡つて訂正される可能性を内包するものであり、しかも取消される可能性はきわめて濃厚であつたことが四月一四日の審問のときの横山弁護士の発言からうかがわれる。このような冒頭陳述は、ますます強い理由によつて、裁判の威信を著しく害する発言とはいえないことになる。

六、弁護人の法廷における言論(とくに被告人の利益を擁護するための言論)が最大限に保障さるべきことは、すでに述べたとおりである。これは憲法第二一条第一項の要請であるのみならず、弁護人の弁護権行使という面からも考慮されなければならないことである。しかるに昭和三六年四月一〇日の熊本地方裁判所第一刑事部公判における横山弁護士の発言は、裁判の威信を著しく傷つける暴言ではぜつたいになかつた。熊本地方裁判所第一刑事部がこれに法廷等秩序維持に関する法律第二条第一項を適用して横山弁護士に過料三万円の制裁を科したのは、横山弁護士の発言内容について事実誤認をし、同法第二条第一項の解釈適用を誤つたものであり、かつ公判中の弁護人の言論の自由を侵害し、弁護権の行使を不当に抑圧したものというべきである。

第四、裁判官安東勝、同松本敏男、同鍋山健の不法行為、三池争議に原因した刑事被告事件は前述のように、熊本地方裁判所第一刑事部のほかに福岡地方裁判所第一刑事部、第二刑事部、第三刑事部、第四刑事部、福岡地方裁判所大牟田支部、大牟田簡易裁判所、熊本地方裁判所玉名支部などに係属している。各公判の進行をみると熊本地方裁判所以外は、おゝむね順調に進んでいるのに、ひとり熊本地方裁判所第一刑事部の公判だけは、公判廷における被告人や弁護人の権利が不当に侵害されることが多かつた。

たとえば、熊本公判はいつも必要以上の警戒体制のもとに開かれ、被告人や弁護人は公判中に発言や尋問を禁止され、退廷命令によつて、訴訟当事者の権利が侵害されることもしばしばであつた。そのため、昭和三六年二月二七日に東京都で全国総評弁護団総会が開かれたときには、東京地方裁判所の飯守裁判官にたいする罷免要求決議とともに、熊本地方裁判所第一刑事部にたいする抗議が満場一致で決定されたほどであつた。熊本地方裁判所第一刑事部のこのような訴訟指揮のやり方は、担当裁判官の労働組合、三池争議、あるいは三池事件弁護団にたいする偏見に原因していたものと推定するほかはない。そして、被告人、弁護人にたいするこのような権利侵害が積みかさなつてついに法廷における冒頭陳述を理由に横山弁護士に過料の制裁を科するという前代未聞の弾圧が加えられたのである。

右制裁処分は問題になつた冒頭陳述の部分が熊本地方裁判所の裁判に対する批判でなく、既に取下によつて終結した福岡地方裁判所の仮処分決定についての批判であり、良識ある裁判官として法廷等秩序維持に関する法律第二条の暴言に該当せず従つて暴言によつて裁判の威信を著しく害した場合に該当しないことを知り乍ら、前記労働組合等に対する偏見に基づいてなされたことは明らかである。

熊本地方裁判所第一刑事部が横山弁護士にたいしてなした前記制裁決定が事実を誤認し、法令に違反し、横山弁護士の弁護人としての権利(言論の自由、弁護権)を著しく侵害するものであつたことはすでに述べたとおりである。かゝる違法行為によつて横山弁護士の権利が侵害されたことは、けつきよく国の公権力の行使に当る公務員たる裁判官安東勝、同松本敏男、同鍋山健がその職務を行うについて、故意または過失によつて違法に横山弁護士の権利を侵害し、これに損害を加えたものといわざるを得ない。

第五、損害について

熊本地方裁判所第一刑事部の過料制裁の決定は横山弁護士のなした抗告申立によつてまだ確定してはいない。しかしながら、横山弁護士にたいする右制裁処分は、全国のほとんどすべての有名新聞紙に掲載され、詳しい事情を知らない世間の人々に、横山弁護士が法律に違反した不当な訴訟活動を行つたかのごとき印象を与え、弁護士としての原告の名誉をいちじるしく傷つけ、かつ原告に重大な精神的打撃を与えた。しかして、右制裁処分によつて横山弁護士がこうむつた精神的打撃にたいする慰藉料は、金二〇万円が相当である。よつて原告は、被告国にたいして、国の公権力の行使に当る公務員たる被告安東勝、同松本敏男、同鍋山健がその職務を行うについて故意または過失によつて違法に原告に加えた精神的損害にたいする慰藉料として金二〇万円および右にたいする本訴状送達の翌日より完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いを求めて、本訴を申立てる。

別紙

被告の本案前の抗弁

本件訴訟における審判の対象が、熊本地方裁判所第一刑事部(裁判長裁判官安東勝、裁判官松本敏男、同鍋山健)のなした「法廷等の秩序維持に関する法律」に基づく原告に対する過料三万円の決定が違法であるか否かの点にあることは、原告の主張自体によつて明らかである。

しかし、右過料の決定に対しては、原告の代理人弁護士諫山博外一三名から福岡高等裁判所に対し抗告がなされ、同裁判所第一刑事部は昭和三六年五月三一日右抗告を棄却する旨の決定をなしたところ、さらに最高裁判所に対し特別抗告の申立がなされたが、右特別抗告も棄却する旨の決定がなされているのであつて、これにより右過料の決定が違法でないことについては終局的に確定しているものである。

国家賠償法第一条第一項は「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる」と一般的に規定していて、特に裁判官の行う裁判を除外してはいないから、一見裁判官の行う裁判は、すべて国家賠償の対象となり、民事訴訟により常にその違法性の有無を判断することができるかのようにみえるけれども、しかしそこには裁判制度の本質より一定の限界が存することが認められなければならない。上訴制度の認められている一定の訴訟手続において、ある審級に係属している事件につき、その事件を完結する終局的な裁判(終局判決ないしそれに準ずる決定)がなされた場合に、右終局的な裁判を違法として争うためには、その手続において認められている不服申立の方法としての上訴の手続のみによるべきものであつて、上訴することなく右終局的裁判が確定した場合及び上訴手続によつても、ついにその不服申立が認められず、法律上更に上訴する余地がなくなつた場合には、原裁判の違法ならざることが終局的に確定し、再審ないし非常上告により原裁判が変更されないかぎり、当該訴訟の当事者はもはや他の訴訟手続においても原裁判の違法を主張することは許されない。

もし、原裁判が(その上訴手続を経、または経ずして)違法ならざることが確定したにもかゝわらず、他の訴訟手続で、再びその違法の有無が争われうるとするなら、裁判の確定ということは全く無意味に帰し、国家の裁判権の行使としての公権的法律判断は、つねに争訟の対象とされ、紛争の終局的解決案として裁判のもつ強制通用力はやぶられ、法的安定を実現することは不能となる。(なお、民事訴訟において、刑事判決の理由において認定された事実と異つた事実認定をすることを妨げないということは古くから確定された判例であるけれども、それは、事実の認定に関してのみいえることであつて、民事訴訟において、確定した刑事判決そのものの違法を主張することを許しているものではない。)

換言すれば、違法とは、原裁判が法の見地から許されないということ(法に対する関係において原裁判が無価値であるとの法的判断)を意味するわけであるが、かゝる裁判自身に関する違法性の判断は、裁判制度の建前として、その上訴手続の過程を通じてかつ、これのみによつて争訟の対象とされているものである。したがつて当該訴訟の当事者が、その訴訟手続において原裁判に対してもはや不服の申立をなさず、またこれを申立てるも、その上訴手続において違法ならざることが確定したならば、何人といえども、この裁判の確定(法的価値判断)を尊重せざるをえないものであつて、それを又再び他の裁判所ないし訴訟手続において、くりかえし審判の対象とすることが許されるなら、一度確立されてもはや動かしえない裁判所の終局的価値判断が、動揺をきたすこととなるばかりでなく、その結果は司法制度の根基をみだすこととなるであろう。

ところで、本件過料の決定は、「法廷等の秩序維持に関する法律」に基づくものであつて、それは従来の刑罰的、行政的処罰のいずれの範疇にも属しない特殊の決定であり、その手続は右法律固有の特殊なものである(最高大法廷決定昭和三一年一月一五日民集一二巻一四号二八七頁)。そしてこの決定については、同法において抗告および異議の申立(第五条)ならびに特別抗告(第六条)による上訴の途が開かれている。

しかるに本件においては、前述したように、右手続における終局的裁判たる過料の決定に対し、抗告および特別抗告がなされ、そのいずれも棄却されてすでに確定しているわけである。したがつて本過料の裁判が違法であるかどうかは、この手続過程を通じて最終的な価値判断が下され、その違法ならざることは、もはや不可争性をもつて、確定しているものである。されば原告が本訴において、「違法な右裁判により、その名誉権を侵害された」と主張されることは、到底許されないものといわなければならない。

よつて、右決定が違法であることを請求原因とする原告の本訴請求は、その主張自体理由がないから、速かに却下さるべきものといわねばならない。

別紙

被告の抗弁に対する原告の主張

国家賠償法の適用においては、裁判官の行う裁判といえども、例外ではあり得ない。公権力の行使に当る裁判官の故意又は過失によつて個人の権利が不当に侵害されれば、個人は国にたいして、その損害の賠償を請求することができる。ただ、裁判が確定しておれば、訴訟法上いわゆる既判力の拘束をうけるにすぎないのである。

一例をあげて説明すると、裁判官の違法な勾留もしくは保釈却下決定によつて個人が損害をうければ、個人は抗告その他刑事訴訟法上の手続によつてその当否を争うことができる。だがそれと同時に、国家賠償法所定の要件が満されれば、個人は国にたいして、国家賠償法にもとづく損害賠償の請求をすることもできる。このことは、違法な勾留もしくは保釈却下決定にたいして訴訟法上不服申立手続が規定されているかどうか、また不服申立手続が履践されたかどうかとは、かかわりないことである。この関係は、被告人の有罪無罪をきめる終局判決においても、まつたく同様である。終局判決が確定すれば、再審手続によらないかぎり、刑事責任の有無もしくは刑罰の軽重を再び司法裁判所で争う方法はない。また、無罪判決が確定すれば、一事不再理の原則によつて、同一事案につき司法裁判所で再び刑事責任を追求されることはあり得ない。

しかしながら、右は刑事責任の有無、刑罰の軽重についてのみいえることであつて、民事責任の有無とは無関係である。裁判官の裁判(判決・決定・命令)が違法で、国家賠償法所定の要件を満たしていれば、刑事責任の問題とは別に、当然国家賠償法による損害賠償の問題がおこりうるのである。

ところで、本件で問題になつている裁判は、終局判決とは性質を異にする「法廷等の秩序維持に関する法律」にもとづく過料の決定である。しかも右決定にたいしては不服申立手続がとられ、最終的には最高裁判所から棄却決定がだされているが、不服申立にたいする決定のなかでは、安東裁判官等の制裁決定が実体的に違法もしくは不当であつたか否かについて、なにらの判断も示されていない。被告は昭和37・3・13答弁書のなかで「本過料の裁判が違法であるかどうかは、この手続過程を通じて最終的な価値判断が下され、その違法ならざることは、もはや不可争性をもつて、確定しているものである」と主張しているが、これは要するに、熊本地方裁判所の原決定取消しを求めて争う途が閉ざされているというにすぎず、右原決定が国家賠償法にもとづく賠償請求の対象になり得るかどうかとは、関係のないことである。

よつて、本件訴の却下を求める被告の本案前の抗弁は理由がない。

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